HOME > ライフスタイル&グルメ紹介 > 人々|Vol.28 女性として最高齢でのエベレスト登頂記録を持つ、珠玉の女性登山家に訊く
2度のエベレスト登頂をはじめ、世界で14座ある8000m級の山のうち5座を制覇している世界屈指の女性登山家。渡辺玉枝さん。
最初にエベレスト登頂を果たした時の年齢は何と63歳。世界最高齢の女性登頂記録となり、その10年後にはチベット側から73歳でもエベレスト登頂を成功させ、ご自身の持つ世界記録を10歳更新したという、まさに世界のレジェンドと呼ぶにふさわしい女性です。
初めてお目にかかった印象は、「小さくて華奢な方」のひと言。こんなに小さく細い体で骨もきしむほどの装備を背負い、エベレストを始めとする山々を登頂しているというのが、一見では信じられないほど。
そんな渡辺さんに、富士山の魅力についてお話を伺いました。
「私はここ富士河口湖町で生まれ育ちましたから、毎日毎日、間近で眺められる山がこの富士山です。他の山にはない親しみと深い愛着がありますね。特に小さい頃は家の外に水場があったので、毎朝顔を洗う度に、今日の富士山はどんなかな?と日々の富士山の様子を見るのが楽しみでした」。
現役の登山家として、また富士山のガイドとして、今も毎年7〜8度は富士登山をしているという渡辺さん。今年はまだあまり登っていないとおっしゃいますが、それでも取材日の段階ですでに3度、頂上に立っているとのこと。さらにそのうちの一度は、ips細胞の発見で世界的に注目を集めた京都大学の山中伸弥教授とご一緒の山行だったそうです。
「山中先生とその娘さんとご一緒させていただいたのですが、先生は登山そのものだけでなく、道中の素晴らしい景色やさまざまな植物群なども観察しながら、実に豊かな富士登山を楽しんでいらっしゃいましたよ」。 標高3776mの富士山は、高さにおいては世界の巨峰に肩を並べることはできませんが、実際のところ、世界のトップクライマーたちにとって富士山とはどんな存在なのでしょう?世界の一流登山家との交流も深い渡辺さんに、彼らから見た富士山とはどんな印象なのかをお聞きしてみました。
「標高で言えば世界の高い山々には及ばないのですが、でも彼らももちろん日本の最高峰の富士山のことは良く知っていますし、その人気も高いですよ。中でもトレッキング関係に携わっている方々からは『ぜひ一度は登ってみたい山だ』という声を良く聞きますね。その最大の理由は、富士山の美しさにあるようですよ。世界的に著名な高山はその多くが、岩が連なったゴツゴツとした印象の山々なのですが、これらと富士山はまったくその姿が違いますよね。平地に悠然とそびえ立っている独立峰であることや、すっきりとシンメトリーに裳裾を広げたような優美な姿を持っていますからね。富士山に登りたいと言う方は皆、この富士山独特の美しさを讃えてくださいますね」。
冬の富士山は、雪と氷はもちろん最大の難敵である強風の存在もあり、本格的な冬山を指向するエキスパートにとっても手強い山として、高度トレーニングや冬山トレーニングに最適だと渡辺さん。しかしこの様相が、夏の登山シーズンになると一変するのだと言います。
「3776mという標高を持つ山としては世界的にも珍しいのですが、夏の富士山はごく一般の方でも気軽に挑戦することができる山。それは特殊な訓練を受けていない方でも安心して登れる登山道や山小屋などの整備がきちんと施されていることが最大の要因でしょうね。世界遺産登録も大きな契機となって、国内はもちろん海外からも多くの登山客が訪れてくれるのは、地元の人間としても、一登山家としても本当に嬉しい限りです」。
富士山のファンが増えてくれるのは大歓迎ながら、しかし細心の注意だけは忘れないでほしいと渡辺さんはおっしゃいます。
「いくら登りやすいと言ってもそこは日本の最高峰。あくまでも「登山」であることを決して忘れないようにしていただきたいですね」。
近年の富士山人気の広がりに伴って、ハイキングのような軽い装備で気軽に出かけてしまう方が増えているようですが、4000m近い山に登るのですから、最低限でも自分の命と安全を守れるだけの服装や装備は必須です。
富士登山に挑戦する前に、練習をかねて一度はある程度本格的な登山を経験しておいた方がいいことは言うまでもありませんし、また実際に富士登山に挑戦する際には、初心者だけでなく登山経験の豊富な方と一緒に登るのがお勧めです。
「身も心も、また道具や装備においてもしっかりと準備をした上で登るという前提でなら、富士山はほんとうに安全な山です。日本最高地点からの雄大で美しい眺めや、ご来光などを心ゆくまで楽しんでほしいと、心からそう思います」。
富士山に対して特に深い愛着をお持ちの渡辺さんにとっての最大の魅力をお聞きすると、「富士山の多彩な魅力を一度に堪能できるお鉢めぐりでしょうか」というお返事が返ってきました。
渡辺さんは言うまでもなく世界屈指の女性登山家。しかしその登山スタイルはただ高さを求めるものではなく「その山をめぐる自然そのものを全身で体感したい」との強い想いが背景にあるのだそうです。
例えば高山植物。取材の際には登山道の傍らに咲いている花々を自ら撮影した膨大な写真を拝見させていただきましたし、南アルプスのあの山ではいつ何の花が見頃を迎えるか、など山々をとりまく自然について、まるで掌を指すように、ありとあらゆることを語れる無尽蔵の知識と見識にまさに圧倒されました。
「お鉢めぐりはゆっくり歩いても一時間半ほどでしょうか。でもそれは、富士山から周囲360度の景色を堪能する道中でもあるんです。北は南アルプスを眺望し、少し歩けば今度は南側の駿河湾を遠望できる…。富士山以外にこんな体験ができる場所は他にはありませんからね」。
以前に比べると飛躍的にゴミが減り、美しい環境を取り戻している富士山。また道や施設などを始め、快適な登山が楽しめる背景も年々充実してきています。
「ぜひ富士山の真の魅力を世界中の方々に体感していただきたいですね」。
世界を知る渡辺さんの言葉からは、富士山だけが持つ魅力のその尊さが、私たちの心に静かに響き渡ってきます。
富士河口湖町生まれ。1977年にマッキンリーの「南壁アメリカン・ダイレクトルート」の女性初登攀記録を打ち立てて以降、海外の巨峰を次々と制覇。63歳でエベレスト女性最高齢登頂の記録を立てると、その10年後には73歳でエベレストに再登頂し、ご自身の持つ世界記録をさらに10年更新した。
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